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製作記 ギター製作の秘伝

手工ギターの開発当初に、私は職人たちに混じって初めて自分でギター製作をし、スペインと日本でフェレールやエルナンデスに師事して製作を学んできた。帰国後も6年間自分の音を求めて製作に取組んできた。10年間の集大成として、彼らから学んだギターに対する考え方や態度、数々の言葉の意味を思い出し、私自身の体験から「ギター製作の秘伝とは何だろう」ということを真剣に考えてみた。

当時、スペインのギター製作家はマドリッドやグラナダに集中し、スペイン全体で100人以上の有名無名の製作家たちがいると思われた。実際彼らの一部と会話してみて、その製作家たち全員が製作技術は学んだもののギターに関するいろいろな分野の知識を持っているかどうかは、たいへん疑問であった。ギターを製作するためには、音響工学や木材、金属、化学などの材料の基礎知識、音色を判断するための優れた耳、良い音をつくるための知識や技術、経験や勘が必要であった。

彼らは、師匠となる製作家に師事して製作技術を習得し、自分の製作するギターの音の範囲内では絶対的な自信や知識を持っていた。しかし、自分の音とは異なった傾向の音色のギターは容易につくれると思えなかった。仮にギタリストから別の音色のギターを要求されたとしたら、製作を断るかその音をつくるため最初から研究に取組む必要があった。

しかし、ギタリストもギター愛好者も音の好みは個人差があり千差万別であった。製作家たちのつくる音も個性や音に対する考え方が異なり、その音色の種類は製作家やメーカーの数の分だけあった。ギターでは個性の異なる音色を世界一流と評価することはできるが、好みの異なる万人の演奏者が認める世界一の音は存在しないと思えた。基本的な音の条件を満たした多くの音色の中から、演奏者が自分の好みに合わせて製作家のつくった音を選べば良かった。だから、一人の製作家がつくる音色は、その製作家の個性を表現した一つのタイプで良かった。

今日でもスペインはギターの母国を保っているが、スペインではマヌエル・ラミレスやサントス・エルナンデス、マルセロ・バルベロなど故人のギター製作家の中にギターの魅力を音色に秘め、芸術的な価値のある名器を残した人たちがいた。基本的な設計寸法や使用している材料のほとんどが世界中どの国でもほぼ同じでありながら、彼らは伝統の製作技術を受継ぎ、スペイン人の精神的な心を表現したスペイン伝統の音をつくってきた。

フェレールは、ギター製作でバラツキを意識的に出して、「悪いものもできるが、超一流もできる」と言った。音楽院のギター科の生徒から、「平均レベルでは日本人の方が上だが、超一番はスペイン人だ」との話を聞いたこともあった。スペインは芸術のいろいろな分野で超天才が出現した国であったが、名器を残した製作家も超天才であったと思った。

良いギターを製作するためには、製作環境や材料、製品仕様、製作技術などどれも大切な要素であった。エルナンデスに師事し、彼が製作に取組む真剣な態度から学んだことや実際に自分で良い音を求めて製作を体験したことから、さらに良い音を求めていくには「目に見える部分」だけでは不足していると思えた。

それ以上に、精神面の「目に見えない部分」の投入がもっと重要であると実感していた。抽象的ではあるが製品の中に「精神的な自分の魂を打ち込む」ことが、目に見える技術よりもっと大切だと次第に思えるようになってきた。魂にも個人的な差があり、魂を打ち込める製作家ほど天才に近く、超天才は魂の塊を投入しているのではないかと思えた。

表板手・縮小版.jpg

世界中にいろいろな分野の物づくりの匠がいるが、その匠が精神面を重要と意識しているかどうかは不明であった。しかし、その道を極めるためには、精神面をいかにその製作する物に注ぐかが課題であった。技術的な裏付けや経験の上に精神的な魂が打ち込まれた製品は、それを見たり触れたりする人たちにも精神的な何かを感じさせることができた。

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