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製作記 究極の音を求めて

ヤマハを定年退職した後は独立し、「江崎秀行」ブランドの製作にはいった。スペインの修業で得た技術や知識、経験をベースに、精神的な魂を大切にしながら「自分の音」を求めて製作に取組んでいる。エルナンデスも「完全なギターをつくるには200年必要だ」と言ったように、自分の音づくりは生涯のテーマと捉えている。
 

低音から高音まで、単音から和音までどの音をとっても過去や現在の多くの名器の良いところだけを1本のギターに凝縮させて音として出すことはできい。アントニオ・デ・トーレスの音はトーレスの音であり、師エルナンデスの音は師音である。ギタリストも1本のギターでトーレスの音も師の音も出るものを望んではいないし、トーレスの音が好きであればトーレスを選び、師の音が好きであれば師のギターを、私の音が好きであれば私のギターを選ぶ。もちろんトーレスの音や師の音、私の音が好きではない人もいる。

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現在も世界の製作家一人一人が、製作環境や師匠の影響、個人の性格、ギターに対する考え方もそれぞれ異なるため、製作家の数だけ異なった音色がある。一番血のつながりのある親子でさえ魂を真似ることができず、同じ音はつくることができないと思える。自分の技術の集大成はギターの音として表れ、自分の音は世界中数多くある音色の一つにすぎない。製作者の数だけ音色が存在するということは、1本のギターで全ての演奏家が満足する理想的な音色を出すことは不可能であることを意味している。

私はトーレスの音も師アグアードの音もつくることができないしつくるつもりもない。しかし、私の製作の原点がスペインであり、ギター音楽がヨーロッパを中心に発展しその音楽を表現するためには本場スペイン的な香りのする音色を表現したい。音色の特徴に音の芯を加えて弾き応えがあり、低音から高音までバランス良く響き、パワフルで遠達性に優れている音を作りたい。製作前に狙う音をイメージして、完成後にイメージ通りの音が表現されたかどうかをチェックする。確認のためにギタリストや愛好者にも試奏をお願いしている。

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目指す音をイメージして材料や設計仕様を選び、精神を集中して製作し、そこから出てくる音がその時点の自分の音である。エルナンデスの工房でスペイン伝統の製作技術や精神面の重要性を学び、これまで自分の音づくりを研鑽してきた。日本やヨーロッパの数多くのギタリストに試奏してもらい、幸いなことに一部のギタリストはコンサートで使用していただいた。自分の音は数多いギターの音色の一つとして、基本的な音色はいままでの延長線上で製作を続けていこうと考えている。

エルナンデスが「完成まで200年必要」と言ったように自分の音も毎年進化している。未完成である。経験を積み重ねていく中で、さらに高いレベルの音を求めて「この音がもう少しこういう音だったらもっと完成度が高いのに」と反省することもしばしばある。自分の音の主張も大切だが、ギターは演奏者の音楽を表現する道具である。ギタリストや愛好者に彼らの好みや判断基準で評価を受け、自分の音の良い点や改良点を指摘される。改良点は演奏者の要望であり、自分の音の特長を維持し要望を満たしていくことはさらに自分の音の完成に近づけることに結びつくので生涯改良は続けていく。

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製作家が大きな感動や演奏家からの重要な意見を受け、製作家のギターに対する考え方が変われば求める音も大きく変わっていく。自分の音とはどんな音か、今どんな音を求めて製作しているのかを常に自問しておく必要がある。また、時の経過とともに自分自身の技術や精神的な成長で、自分の音も次第に改善され変化していく。過去製作してきたギターやこれから製作するギターを通じて、自分の音の変化を自分自身の歴史として見出せると思うと楽しみであり、また反面責任もある。 

(完)

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